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ラファエル

5

©Dita Amiel

「約束を思いだしてくれ。君はもう、なにを書いてもかまわないが、補足しておきたいことがある。誓いにもかかわらず、ぼくはドイツに戻った。ハンスは老人ホームにいた。イルゼは数年前に亡くなっていた。奇妙な再会だった。近しさと懐かしさと、疎ましさとよそよそしさが入り交じった再会だった。別れる前に、子どもは? と口ごもりながら訊ねたら、ハンスはぼくに背を向けて、ささやくようにいった。『ああ、息子がいたよ。イスラエルにWiedergutmachung(善行による過去の償い)(註2)に行って、それきりだ。事故死だった。キブツで、その日の労働から戻るトラクターに乗っていて、トラクターが泥に滑ってひっくり返り、トラクターに潰されて死んだ。あと2人死んだそうだ。もう、行ってくれ、戻ってくるなよ』
「打ちのめされた」と、ラファエルは締めくくっていた。
 その後、彼は、死体を焼却炉で焼くように書き残してドイツで自殺した、と知った。

註1 「Alt-Neu Land 旧くて新しい地」は本来的にはテルアビブをさすが、ここではイスラエルのこと。ヘルツルの小説『アルトノイラント』にちなんでいる。
註2 Wiedergutmachungの訳は「ナチスの不正行為に対する損害回復、あるいは原状回復」が通例だが、ここでは本文の意を汲んで、敢えて、「善行による過去の償い」にした。

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